巨人の肩に立ちたいゲイ

30代ゲイのブログ。ゲイとしての考えたことをアウトプットしたり整理したりするような場にできればと思っております。やまとなでしこの頃の堤真一が好きです。

消防士に会いに行ったらマッチョの友達ができた話

本日は打ち合わせからの仕事上の懇親会という流れでして、飲み会が好きな僕としては早めに仕事切り上げて酒飲めるのはそれなりに嬉しいわけですけど。酒の場というのはある程度人間関係を深める装置として機能すると思っているので、仕事の一環として必要悪かなとは認識していますが、どうせなら喋っていて愉快な人と飲みたいですよね。今日は話が絶望的につまらない上司及び後輩と一緒でだいぶ不安がありましたが、先方に腕のある方がいらっしゃって事なきを得ました。相当量のウイスキーを摂取しており明日朝一の打ち合わせに遅刻しないか心配なので、ブログを書きながらこのまま徹夜する所存。

 

少し話が変わりますけれど、以前婚活パーティーに参加したという旨のエントリを残したのですが、実はパーティーにも様々な種類がございます。「《女性under29♡》3ヶ月以内に恋したい女性が大集合!」「年収1,000万円以上/年収600万円以上×高身長/会員制○○に登録しているなどハイステータスな方」世の中いろんな条件があるものだと感心します(高身長であることは年収ベースで400万の価値であると査定されるんですね...)。

 

shouldersofgiants.hateblo.jp

 

さて、そんななかでひときわ僕の目を引いた案件がございます。「警察官・消防士・自衛官 日本を守る・支えるたくましい男性との出会い♡」は!?めちゃくちゃ興味あるんですけど。お近づきになりたいんですけど!ゲイにも大人気の公安職、K官・S士・J官って表現はいまでも健在なんでしょうかね。やはり女性にも人気なようで、そのパーティーは女性側の定員が先に埋まっているようでした。マジで行きたいんだが...

 

んで、なんでこんなことを思い出したかというと、この間仕事の関係で消防の方々と飲み会があったから。業務上、僕はほぼ関わらないチームの案件だったのだけれど、肝臓要因としてお座敷がかかったかたちです。事前情報によると先方に大分お酒がお好きな方がいるようで、その対応ですね。若干の心配はあるもののS士と飲めるなんて役得じゃん!ということでドキドキしながらお店へ直接集合。

 

f:id:shoulders:20190809035720j:plain

オレンジの活動服と紺のシャツ。いいからだ。

 

お店に入ると既に乾杯を済ませている様子。とりあえずの挨拶をすると、先方で一番年長と思われる男性がさっそくビールを勧めてくる。ふむふむ、この人が僕が担当すべき酒好きのオッサンか。年のころは50代後半?年齢的にさすがに対象外ではあるものの、まあ健康的な感じがしますし良しとしましょう。どうせなら、もう少しマッチョな30~40代くらいの現役消防士はいないんですかね...と思って周りを見渡すも、この人以外に日に焼けた人がいない。あれれ?

 

よくよく話を聞いてみると、彼らは消防庁の技官の方々のようでして、僕の想像しているオレンジ色の活動服に身を包んだ消防士やレスキュー隊員ではないんですね。うちの職場に打ち合わせに来るくらいだからまあ当然か。無念。酒好きのオッサンだけは現場経験のある方のようだったので、いろいろと仕事なんかの話を聞いていたのですが、一番楽しかったのは結婚式の話。僕にはひとつ夢がありまして、いつか新郎が消防士(正式には消防吏員と呼ぶべきらしい)の結婚式に参列してみたいなと思っているのです。K官とかS士の結婚式って余興が下品このうえなくて、基本裸でなにやら騒ぐというのが伝統と聞き及んでおり、そりゃあこの目に焼き付けておかないと、写真撮りまくらないと、と普段から悶々としております。その方から直接これまでに見聞きした余興のお話を伺い、明日からの妄想が捗りそうだぞと。

 

鉄板どころとして、新郎新婦がアツアツすぎるので消火しようだとかいう流れや、レスキュー隊であれば新婦に人工呼吸をする流れであーだこーだとか、そういったものがあるようです。本物の制服を使用できるので基本的にウケると。あとは海猿とかのBGM流しておけば完璧であるとのことでした。新郎自体ありきたりなタキシードではなく消防礼服というものを着用するため、非常に見栄えが良いそう。また変わり種では梯子乗りみたいなのをやることもあって、正攻法での盛り上がりを見せるそうです。

 

もちろん下品なものもあって、その場合はとにかく脱ぐと。基本的に勤務の一環として身体を鍛えている消防隊員は、全員体ができているため脱ぐことに躊躇がないそう。上裸・海パン・褌・酒に酔った勢いで全裸なんてこともあるようで、なんだよそれゲイ向け小説か同人誌だけのファンタジーと思ってたんだけど!ただまあ、このへんは消防本部とかの人たちというよりも、消防団なんかに属してるひとたちがやりがちだそうです。やっぱ公務員ともなるとそこまで変なこともできないし、最近ではほとんど聞かないとのことでした。残念。

 

つーわけで、なんか酒飲みながら消防のはなし聞いただけで(まあそれが求められてる役割ではあったんだけど)普段とあんまり代わり映えのしない飲み会でした。ただ最後のほう隣り合わせた人がだいぶマッチョで、おいおいもっと早くこっちにこいよと。それにしても腕が太いし、胸板もなかなかのもんだぞあんた。とりあえず脱いてみようか。オッサンの説明によると総務省から消防庁に出向してきてる官僚で、僕と大学も学年も同じ。まじか。なんか1年目の時に消防関連の部局に研修に行って、周りの人がやってるの見てトレーニングにはまったそう。ふーん、エッチじゃん。

 

そいつ、筋肉に悪いからアルコール控えてるとかいうクソしょーもない奴ではありましたし、個人的にはお顔もそこまでという印象でしたが、総務省内の派閥争いや櫻井パパの天下りについて話すその語り口は軽やかで、何より汗ばんだワイシャツから香ってくる体臭がなかなか僕好みだったので断然許しました。こんな時に自分がゲイであることを実感いたしますね、はい。臭いって五感の中でも一番原始的だと思うんだけど、だからこそ何を気に入ったのか言語化しにくいよな。男性ホルモンなんすかね。テストステロン?なんやかんやで話が盛り上がり、途中からは共通の友達がいることも分かったので一度飯でも行こうという話に。なんかノンケをナンパしたような形になりましたが、所謂一つのネットワーキングというやつですわな。以上。

 

普段からとりとめもない文章書いてるのは自覚してるんですが、今日のはとりわけ脈略がないですね。まあ酔ってるから仕方ないね。週末にでも推敲します。あと本物の消防士に会いたい。

 

小泉進次郎の結婚に見るゲイにとっての機会平等

小泉進次郎滝川クリステルが結婚したとかいうしょうもないニュースが流れてきて、「ふむ、ビッグカップルのわりに全く興味ひかれないぞ」と考えておりました。普段、ゲイとしての人格でアウトプットする機会がないなと思ってはじめたブログなので、毎回そのような目線を交えた語り口でやっていきたいのですが、進次郎にもクリステルにも特段見るべき点がない。

 

そりゃあクリステルはあれだけ見栄えがよく、英仏日のトリリンガルだしすごいなーってかんじ。「お・も・て・な・し」とかいう持ちネタもあるしキャラは立ってる。ゲイである僕はWBSのカメラアングルにドキドキしたことなどないのですが、あの番組のおかげでキレイなだけではないぞ、という印象がついたということなのでしょうか。青学の同期で、ミスコンでもフジテレビへの入社試験でもクリステルに勝利していた梅津弥英子より、女子アナとしてブランディングには成功しているというのが大方の見方でしょう。まあ、僕は女子アナの分析とかしてるより、クリステルの弟の方に断然興味がありますけどね。少しお顔が派手すぎますけれど、やっぱりイケメンだわ。ありだね、あり。ゴルフとかいうノンケっぽいスポーツやってるのも得点高いわ。

 

f:id:shoulders:20190807180914p:plain

インスタってこのレベルで映えてない限り割と滑稽な気はする。まあ商売目的ならやらない手はないけど。

 

んでもって進次郎。まあこっちもイケメンよな。彼の神経質そうな雰囲気は好きじゃないけれど、見た目も声も良い。これで小泉の息子なんだから今までどおり無難に目立っておけば十分総理の可能性がるよね。というか、総理以前に取り立てて功績らしい功績もない安倍晋三がこんだけ長く総理大臣やってるんだから、別に誰だっていいんだろうし。小泉進次郎安倍晋三の議員としての資質について言及するのがこのブログの目指すところではないのですが、なんか世の中この2人を必要以上に評価している人たちが直感に反して多すぎるとは思うんですね。

 

僕は前のエントリでも適当にリバタリアンだみたいなことを書いたんですけど、それはまあまあ恵まれた環境で育ってきたことを自覚しているからであって、そのへんの負い目がなければたぶん一歩飛び越えてアナーキスト的な思想を持ってたかもしれないなと思うんです。「結果平等」のようなある種地獄みたいな世界観ではなくて、自分の能力に自信を持てばこそ「機会平等」が実現されるような無政府状態個人主義無政府主義。ゲイでいると、世の中的にコンセンサスとれてるあれやこれやに対して「フェアじゃないなー」と感じることが多いわけで、そのたびに「もう少し機会平等であれや」と思うわけです。

 

shouldersofgiants.hateblo.jp

 

さて。機会平等というのは資本主義社会においては全く達成されていなくて、例えばフランスの哲学者であるブルデューは資本を「経済」「社会」「文化」の3つに分類しました。要は金・人脈・教養ってとこですね。資本主義下ではこれら全てを資本家が独占しますので、そもそもスタートラインが異なる。不平等。そしてそれが解消されることはないのです。機会平等なんてのは資本主義社会に存在しません。加えてたちが悪いのは、文化資本は本質的に譲渡不可能ということです。その家柄等に紐づいていて、如何ともし難いということです。来世に期待するしかないという、まさかの仏教的思想。

 

 んで、これがどうして小泉進次郎を語るうえでのキーワードとなるのか。至極単純で、「あいつ、あんだけ文化資本持っといてめちゃくちゃバカじゃん」ということ。安倍も同じ。かみ砕いていえば、あれだけ家柄がよくて、それこそ小さい頃から平沢勝栄に家庭教師してもらえるような環境にいたくせに、結局下から上まで成蹊ってなかなかどうして難ありだよね。小泉進次郎にしたって、教育に関しては無頓着だったのかもしれないけど関東学院文化資本どこ行った。しかもアレなのが、大学卒業後に安倍は南カリフォルニア大学に、小泉はコロンビア大学に入学していて、結局のところ経済資本と社会資本の力業で見かけの教養を取り繕っているというね。学歴と政治家としての能力が必ずしも相関するとは思わないけれど、独立事象ってことは絶対ないと信じてるし、そもそも最後になんかディプロマミル的な経歴くっつけてるのダサい。

  

 今回の結婚により、小泉進次郎は学歴や国会議員としての地位や名誉に加え、新たに「賢くて見えて見栄えも非常によい未来の首相夫人」をゲットしたわけですが、それだって彼が資本主義社会において生まれた時点から爆アドをもっていたことに依る部分が大きい。滝川クリステル小泉進次郎の何を気に入ったか本当のところはわからないけど、女子アナなんて打算の塊でしょうし。つまり何が言いたいかというと、僕はモテる(持てる)者に対する嫉妬で狂いそうです、ということかな。

 

ゲイの恋愛市場における資本は、近年のアプリの普及により「顔」「身体」「金」みたいになってるとこある気がしてます。モテ(持て)の3大要素です。この観点で言えば、身体(=筋肉やら脂肪やら)っていうトレーニング等で後天的にコントロールできる要因が含まれる時点でとても良心的。機会平等の世界観と親和性の高い状況だと思うのです。努力すれば市場で正当に評価され得る場面って、世の中そんなに多くないですから。なので僕も筋トレしてリアルという機会の平等を追い求めたほうがいいってのはわかっているんだけど。やっぱり圧倒的に顔がいい人の前では筋肉って無力なんだよなー、なんて滝川クリステルの顔を見ながらくだを巻きましたという報告です。おわり。

これからのポジションの話をしよう

少し前にアプリにてお会いした方に、ふと「ところでshoulders君はどっちなの」と聞かれました。どっちってなんだよ、政治的スペクトラムのことだったらリバタリアンですけど。もしかしてあなたポピュリスト?だったらこれから正義の話をいたしましょう。

 

これからの「正義」の話をしよう (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

これからの「正義」の話をしよう (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

 

 

いやいや、もちろんそんな話ではないのです。元来僕のアプリのプロフィール欄は淡泊でして、直近の旅行の予定であるとか嫌いなタイプの羅列であるとか、そーゆー情報は欠落しているのですが、一応ポジションとしては「リバ」であることを明言しています。しかし、メッセージのやり取りの最中や初めてお会いする際、それなりの確率で確認されてしまいます。あれ何なんでしょうね。

 

確かにタチかウケかというのは我々ゲイにとっては大変に重要な問題なのですが、僕の場合はリバなのでお相手がどちらでも構いません。好みであればポジションは不問。以上。しかし、シャノンにより定式化された情報理論におけるエントロピーの観点から言うと、タチ・ウケ・リバの3つのステータスのうちリバは残りの2つの状態の重ね合わせと解釈できます。リバという回答はエントロピー最大、何一つ相手に情報を与えていないということになります。僕の落ち度ですね。

 

僕がリバであるというのは変えようのない事象ですが、それでもエントロピーを低減し、僕に興味を持ってくれている人に何らかの情報量を提供しなければ。そのためにはリバとしての確率分布、つまりはタチ・ウケの成分がどれほど含まれているかという微妙なニュアンスを伝える必要があります。○○よりリバ、とかいうあれですね。

 

この文脈においては間違いなくタチよりリバだと自負しており、なんならウケとか準備が面倒だからタチだけしてるのが本当は一番楽ちんだと思っているのです。しかし、世の中そう単純でもなくて。どんな人がタイプ?と問われれば第一に「話していて面白い人」、次いで「年上で自分にそこそこ自信を持ってる健全な精神の持ち主」、「かわいげがある感じの顔」「できれば中肉中背以上の体つき」となります。必ずしもイケメンである必要はなく、例えばちょっと男らしい明るい雰囲気の会社の上司や先輩、みたいなのがドストライク。いやまあ、むしろこれが僕にとってのイケメンの定義ですわな。しかし経験上、この手のお近づきになりたい人に限ってタチであることが多い。これまで付き合った人全員タチだったし。

 

f:id:shoulders:20190806143628j:plain

千鳥・ノブがいい。万が一ゲイだったらやっぱりタチな気がするのです。

 

仕方がないので、頼み込んではタチをやらせてもらったりもするのですが、やっぱりしっくりこないようで結局ウケを強要させられます。僕のタチとしての手技に難があるのでしょうか。でも練習させてくれなかったら上達するもんもしないじゃないか。べつにウケでもいいんだけどさ、面倒くさいんだよな。終わった後腹の調子悪くなりがちだし。やっぱり僕だって時には頼りがいのある先輩相手にタチをしてみたいのよ。もちろん体育の先生でも可。

 

とは言え、このような僕個人の事情などリアルの場で詳細に語っても詮無いこと。冒頭の会話では普通に「リバです!タチよりですけど!」とハキハキとお答えしたのですが、「いやいや、そんなこと言って本当はウケなんでしょ?」などとニヤケ顔で返されました。そういえばこの方もプロフィールにタチ寄りリバって書いてあったっけな。いつものやつか。確かにリバって言っといて本当はほぼほぼウケってのはよく聞く話だけども、まあいいや、そう思っていてくれ。いざ付き合ったら事実ほぼウケだしな。

 

やっぱり男のプライド?的なものが関係していて、本当はウケ寄りである自分を認めることができないとか、そんなかんじなのでしょうかね。そろそろ僕も真面目に自分のポジションに向き合わなければいけない気がしてきたぞ。ゲイのくせして男の子はかくあるべき、という既成概念に未練がましく縛られているのは損なのかも。よし、試しにアプリの表示をリバからウケに変えておくか...

 

そんな緩い決心もつかの間、後日この方のお部屋にお邪魔して一戦交えたところ、僕がタチの流れになりしかもこの人すごく大きな声で喘いでくださるものだから、「ああ、やっぱり僕はタチもしっかりこなせるのだな」と自信を取り戻しリバ継続を誓いましたとさ。

 

shouldersofgiants.hateblo.jp

 

初日の自己紹介が少し淡泊な気がしていたのでもう少し補足をする意図でこんなもんを書いてしまいました。リバタリアンリバーシブルってどっちもリバだなというダジャレから出発したはずが、考えたら英語でリバはversatileだしそんなに上手くもないなと途中で気づいちゃって、でももうここまで書いちゃったので公開ボタン押します。

偶然は構えのある心にしか恵まれない

自然科学の分野ではセレンディピティserendipity)という言葉で説明される、所謂幸運な発見というのがあります。

 

"Dans les champs de l'observation le hasard ne favorise que les esprits préparés."

(観察の領域において、偶然は構えのある心にしか恵まれない)

 

ルイ・パスツール

 

よく実験の失敗から偶然にも新しい物質を発見したとかいう逸話を耳にしたりしますが、要はあれのことです。で、パスツール大先生はそのような幸運に対して、「十分な背景知識と失敗からも何かを見つけ出そうとする貪欲な姿勢」が前提条件であるといっているわけです(少なくとも僕はそう解釈しています)。勿論、これは研究を生業としている僕自身とても重要な視点だと思っているのですが、それ以上に恋愛において欠かせない考え方だと信じております。

 

予期しない偶然で幸運で奇跡的で運命的な出会いを所望するというのは、年齢や性別、時代を超越した普遍的なものなのではないかと思います。自然な出会い、というやつですよね。でもそんなのは現実にはとても難しい。ましてやゲイにとって、たまたま好意を寄せた相手がゲイで、しかも相手も自分に好意を寄せており、向こうから告白してきてくれたからそのまま付き合えちゃった!みたいなのは事実上不可能です。でも、見聞きするところによるとノンケに恋するゲイというのはいつの時代にもいるようで、いつまでたっても先方からアクションがないもんだから、さんざん悩んだ挙句告白したものの当然の帰結として撃沈ということになるわけです。すみません、偏見です。

 

さて、個人が誰に恋し誰に告白しようがそんなのは自由です。でも、そのような非生産的な思いにとらわれて精神を消耗するくらいなら、さっさと有益で具体的な行動を起こしたらよいのに、とも思います。百歩譲ってノンケのイケメンであれば。そりゃあ自然な流れで女どもからアプローチもあるでしょうし、その中からバチコーンとくる女性がいれば付き合えばいいのかもしれません。ところが。

 

僕の友人に、ほぼ全ての女性が認めるイケメンがいます。ノンケです。読者モデル的なものもしていたことがあり、今は一流企業のサラリーマンです。とてつもなく、清々しいほどモテます。合コンにこいつがいると、話になりません。そんな彼ですが、出会いにはとても積極的です。シチュエーションに関係なくとにかく女の子には優しいし、合コンだけでなく近頃は相席屋にもはまっているようです。大抵お持ち帰りです。彼曰く、黙っていても寄ってくる女の子は玉石混合で効率が悪いから、片っ端から可愛い子にアプローチしてその中から探すほうがコスパがいい、のだそうで。彼のたどり着いた戦略から得られる示唆は、「結局のところ、外見に関係なく受け身でいるのは非効率」ということだと思うのです。

 

翻ってゲイのことを考えてみましょう。ゲイというのは周囲のゲイにゲイであることが知られていない限り、恋愛市場に登場することさえできません。それはカミングアウトでもいいしアプリに登録するのでもいいし、ゲイバーやサークルに顔を出すというのでもいいわけですが、何らかのアクションが必須です。そこまでしてやっとスタートラインに立っただけ。効率的に、というか現実的な落としどころとして、もう一段踏み込んだ意思表示が求められるわけです。

 

そもそも出会いといったって、ノンケでさえ社会人になって以降は意識して市場に出向かないといけないわけで、もはや意図しない「自然な」出会いは無理です。というか、なんとなく純粋で「自然な」イメージのある学生の時分だって、結局はクラスメイトとか部活の仲間だとか、ものすごく限定された人間関係の中で選んでるだけであって、制限された選択肢がこの世のすべてだと勘違いして勝手に運命的で奇跡的な何かを感じてるだけです。気のせい。スピリチュアルなあれです。

 

f:id:shoulders:20190802032227j:plain

別にガチムチのおじさまじゃなくて、伊藤英明とかでも可。男前すぎて現実味がない。

 

セレンディピティに話を戻しますけど、結局は出会いに対して貪欲な姿勢を忘れず、試行回数を稼ぐ、相手のポジティブな面を探す、ということで初めて成功体験が得られるのではないかな、と思うわけです。待子で、いつか白馬に乗った短髪ガチムチ髭のイケメンなおじさまが、自分にぴったりなサイズのケツワレを携えて迎えに来てくれると妄想するの愚かというかほとんど悪です。準備のないものに幸運は訪れないのです。悲しいけどこれが現実なのです...まあ僕のことですけれど。精進しなければと思う今日この頃です。

フットサルにはハッテン銭湯がつきものです

この炎天下の折にあっても、友人からのフットサルの誘いなどはなるべく受けることにしておりますので、それはもう滝のように汗をかいてしまいます。2リットルほど水分を摂取してもその一切がすぐさま体外に排出され、トイレ行くこともありません。そもそも学生時代にサッカーの心得はありませんでしたので基本的に足を引っ張るばかりなのですが、初心者に毛が生えたようなレベル感というのは気楽に競技をエンジョイできるおいしい立ち位置だとも思います。

 

さて、そんなふううにして経験者にお膳立てされたシュートチャンスを片っ端からつぶしまくった挙句、なんとか怪我なくコートを後にすると、たいていの場合は飯を食うことになります。正直なところ、軽い脱水状態にも近い体調なので飲酒することはほとんどないのですが、こんな時こそ!と思って高たんぱくな肉類を頬張るのが通例です。ああ、手軽にマッチョになりたい。

 

また、時たま利用するフットサルコートの近くにはスーパー銭湯があります。そんな時はもちろんひとっ風呂浴びに行くわけですが、これがなかなかゲイの僕としては気が重い。自分の体が貧弱すぎて衆人環境に晒すのが恥ずかしいだとか、一緒に風呂に入る友達が好きすぎて裸を直視できないだとか、そんな理由じゃないのです。

 

f:id:shoulders:20190804223554j:plain

僕は見栄剥きしてタオルで隠さない派です。

 

初めてこの銭湯を利用した際、とりあえずメインの4つのお風呂を制覇しようという自然な流れがあったわけですが、どうしても混んでいて入れないところがありました。露天の2つは当然気持ちよかったし、内風呂のにごり湯もなんだか温泉気分。なんなら寝湯やサウナもひととおり回ったのですが、どうしても内風呂のもう片方が空かない。ひっきりなしに泡の出ているなかなか気持ちよさそうなお風呂だったのですが、浴槽の縁にびっしりと人が陣取っているのです。うーん、残念。僕は貧乏性なのでどうしても入ってみたくて、露天風呂に友人たちを残し、泡風呂が空くのをその隣のにごり湯でもう少し待ってみることにしました。すると

 

ツンツン。足の小指に誰かの足が当たりました。ちょっと足を引いてはみたのですがすぐにまた、ツンツン。恐らく斜向かいにいる中年男性の足が当たっているようです。もしかしてこれわざと?なんだかよくわからず、泡風呂も空く様子がないので友人たちと再度合流。コーヒー牛乳を飲んで帰宅することにしました。足をツンツンされたことも泡風呂だけが異常に混んでいたことにも釈然としない気持ちが残っていた僕は、帰りの電車内で銭湯の名前を検索。すると悪い予感は当たっていて、そのスーパー銭湯はかなり有名なハッテン銭湯だったのでした。しかも激しい泡で水面下の動きが見えない泡風呂は洗い場などから死角になっていることもあり、最大の人気スポット。そりゃあ誰も離れんわけだな。泡風呂をチラチラ気にしていた僕にアプローチがきたことも頷けます。僕もお仲間だと勘違いされたわけですね。いや、結果的に正解ではあるんだけど。謎は全て解けた!

 

しかしながら、ハッテン銭湯であるとわかれば逆に興味が沸いてくるのがゲイとしての性です。その翌月にもフットサル後に銭湯を訪れたのですが、やはり満員の泡風呂。入浴中の人々を遠目に観察します。年齢層はわずかに40代周辺の方もいるようでしたが、ほとんどは50~60代とお見受けしました。みなさん肩が出る程度でしっかりとお湯に浸かっており、水面下でどのような攻防が繰り広げられているかを伺い知ることはできません。そもそもあんなに長時間お湯の中にいてのぼせないものなのでしょうか。よくサウナでハッテンなどという話も耳にしますが、そちらも僕には到底無理そうです。数十年もゲイをやっていれば、そのような特殊能力を会得することも可能ということでしょうか。やはり年長者は敬わねばならないですね。ちなみに、後日勇気を出して入場した新宿の某大型ハッテン会館におきましては、サウナの温度は人道的な温度に設定されており、「これならばっちりハッテンできそうだな」と一安心いたしました。

 

その後も年に数回はこの銭湯を利用していたのですが、休日午後という時間帯が悪いのか、一度も泡風呂を体験することは叶いませんでした。あの年齢層であれば僕のような若輩者は対象外なのかもしれないですが、あの日足をツンツンしてくれたおじさんのような奇特な方もいらっしゃるかもしれません。水面下でどのような行為が行われているのか、又はいないのか...ただ、お風呂の縁に沿って座っている関係上、アプローチできるのはせいぜいが両隣の2人。自分の好みとお触りその他を楽しむには奇跡的なポジショニングに恵まれる必要があるわけで、案外あの泡風呂に陣取っている方々も大変な思いをされているのかもしれませんね。優雅に見える白鳥も、水面下では懸命にもがいているという、あれです。

f:id:shoulders:20190804224428j:plain

ちなみにこの写真は鴨だそうです。

 

本日久しぶりにその銭湯に入ってきたのですが、以前ほどの密度ではなかったものの、割り込む余地のない盛況ぶりは健在でした。いつか個人で行ってみたいなと思うんですけど、だったらハッテン場行けばいいじゃんと結論付けて実行に移さないのもいつものこと。正直、代り映えのしなメンツで泡風呂でじっとしているより、マッチョな若者やガッチリとしたお父さん世代の裸体を眺めているほうが僕にはあっているようなのでした。

お姫様願望とアニメ鑑賞の共存可能性

僕は「ブリジットジョーンズの日記」が好きです。原作ももちろん面白いのですが、レネー・ゼルウィガー主演の映画版は非常に面白い。ブリジットのキャラクターがよく描かれているし、音楽もいい。ヒュー・グラントはいつも通りしょうもないイケメンを演じているし、コリン・ファースはエロい。好き。クライマックスのシーンはロマンチックなんだけど完全にコメディでもあって、ラブコメのひとつの完成形のように思います。

 

 

さて、そんな「ブリジットジョーンズの日記」において、とりわけ印象的なのは傷心のブリジットにマークが気持ちを打ち明ける次の台詞。

 

"I like you very much just as you are" 

(大好きだ、ありのままの君のことが)

 

マーク・ダーシー

 

うむ。僕も言われたいよ、コリン・ファースに。この「ありのままの」というのはひとつのキーワードになっていて、劇中で何度も繰り返されます。太っていても、タバコやアルコールがやめられなくとも、仕事でミスってへこんだり、すぐに余計なことを口走ってしまうっかり屋さんなところも...全部受け止めて君のことが好きだと。うむ。さてはお前、仏だな?

 

今日は別にマークの尊さについて語りたいわけではないのです。ありのままの自分なんて恥ずかしくて世間様にお披露目できたもんじゃないよな、ということ。 出会いの場において、ありのままの自分をお見せすればすぐさま相手が逃げて行ってしまうことでしょう。そんなのやだ。相手がイケメンであればなおさら、自分を偽ってでもお近づきになりたいと願うこの気持ち、だれが責められようか。

 

僕の場合、積極的に嘘をつくことはございません。流石にそれはバレたときに気まず過ぎますので。でも敢えては語らない、ということは良くあるんですよね。1つは仕事。研究職なんてものをやっていると、まあなんというか「頭いいんだね~」なんてことも言われたりするのです。でも世の中、肉体と知性というものはしばしば対立軸で語られることが多く、「頭いいんだね~」はゲイとの恋愛だとか一晩のあれやこれやにおいて肉体性の欠如、ひいては男性性の脆弱さを連想させるようなのです。単に泥酔した僕がドヤ顔で自分の専門分野について語っていたりするのならば仕方ないのですが、尋ねられるがままに職種を答えただけでなんだかドン引きされてしまった経験が何度かあり、それ以降は親しくなるまでこの手の話題を避けるようになりました。

 

しかし!僕が主張したいのはこんなことでもない。アニメなんです。ぼくは大学生以来深夜アニメを鑑賞することを趣味の1つとしており、今期においても一応15作品程度の視聴を継続しております。残業中なんてサブモニタでアニメ見ながら仕事しちゃうかんじです。でもこの話、僕の話術の問題もありますけれど、まあ受けが悪い。この件についてカミングアウトすると「え、ってことはキモオタなの?気持ちわるーい」となるんです。偏見よくない。なのでなかなか言い出すことができず、自室にお相手をお招きする際もBlu-ray BOXの収納は怠りませんし、注目作品の激アツ展開について懇切丁寧に説明申し上げることもできないわけです。それこそ先日の京都アニメーションの放火事件にしたって、第一報の時点で「うわー大変だ!」と思っていたのですけれど、LINE等のやり取りで話題にするのをグッと堪えたものでした。

 

それにしても、どうしてアニメというのはなかなか理解が得られないのでしょうか。そりゃあ「幼女が出てくるだけで中身のない萌えアニメ」を見てフガフガと興奮しているノンケ男性についてああだこうだ言うのはまだ納得できるとして(偏見)、ゲイであるところの僕がアニメを見ているのとはだいぶ話が違うじゃない!そりゃあBLものも最近は多いけどさ...映画とか海外ドラマなら許されているところを見るに、先ほどのような肉体と知性の対立によって説明できる類のものでもなさそうです。単に子供っぽいものとして語られることが多いからでしょうか?

 

ちなみに、ゲイ・ノンケに関係なく僕のアニメ好きを知っている方々には、その良さを理解していただく助けとして、いくつか作品を紹介することもあります。その人のキャラクターに合わせてアレンジするのですが、お勧めするのは大抵以下の3作品。アニメ入門にぴったりの、問答無用の名作でございます。

 

プラネテス Blu-ray Box 5.1ch Surround Edition

プラネテス Blu-ray Box 5.1ch Surround Edition

 

 宇宙のゴミ・デブリの回収を生業にする主人公を中心に描く宇宙群像劇。最終回で泣かないやつを見たことがない。

 

 

四畳半神話大系 Blu-ray BOX

四畳半神話大系 Blu-ray BOX

 

京都の大学を舞台にした独特な空気感を纏うファンタジー。原作へのリスペクトとその昇華の具合がほとんど奇跡的。

 

 

 アニメ制作の現場を扱ったいわゆるお仕事もの。働いていれば共感するところ大。後半のカタルシスが素晴らしい。

 

まあそんなわけで、いつかこの作品たちを視聴することによってアニメの良さを解するようになった佐藤浩市ないし内野聖陽に限りなくそっくりな男性が目の前に現れ、マーク・ダーシーのごとく「大好きだよ、アニメを愛するありのままの君が」と囁きつつ僕を抱きとめてくれるのをお待ち申し上げております。ウケも可能であれば更に喜びますのでどうぞよろしく。

間髪入れず初体験したときの思い出(2)

初体験の記憶について書きました。それ自体は概ね良い思い出です。そもそもロマンチックな初夜を妄想するタイプでもなかったですし、現実というのは妥協の積み重ねなのだと今でも思いますので。いやこれは流石に失礼だな。

 

shouldersofgiants.hateblo.jp

 

 さて、この初体験には続きがございます。SNS経由で知り合ったこの男性。週に1回程度書いていた日記の内容が少しづつ変化するようになりました。それとなく、気になる人ができたという話題であるとか、その気になる人に罪悪感がありプールで監視員のお兄さんを目で追うのをやめたという話題であるとか、まあそんなことを主題とは別のところで触れるようになったのです。もともと非常に文章の上手い方でしたので、さらっと、あくまでにおわせる程度でした。しかし、どうしてもそれまでの文章とは雰囲気が違うような。

 

f:id:shoulders:20190802161427j:plain

今は亡きメンミク。アプリもいいけど、日記とかのほうが人となりが見えるのは確か。

 

思い当たる節はありました。その人とは初体験以降もう一度だけコトに及んだのですが、その際にちょっとずつお互いのことを話していました。初めてまともに会話が成立するゲイの男性に会ったこともあり、僕は普段よりも饒舌になっていたのかもしれません。そのうち僕の語った身の上話のいくつかが、恐らく彼のパーソナリティー、というかトラウマに関わる部分をくすぐる点があったのは確実だったように思うのです。ここまで書いておいて今更まどろっこしい言い方をするなという感じですが、当時の僕にとってはまあそれなりにヘビーな話でした。

 

結局、そもそも童貞を捨てたいとかいう程度の軽い気持ちでその男性と関係を持っていた僕は、ちらりと覗く彼の個人的な背景みたいなものに引いてしまい、これは自分の手に負えるものではないなと感じました。身もふたもない言い方をしてしまえば、面倒くさくなってしまったんですね。ちょっと怖かったこともありますし。そんなこんなで、次第にメッセージのやり取りからフェードアウトを図るようになりました。最後に、ちょっと長文のメールが来たのですが、ちょうど部活の合宿中だったこともありよく読まずにスルー。これはまあ、100%僕が悪いんですが、これで幕引きできたのかなと思っていたわけです。

 

ところが。それから1月ほど経って。当時大学4年生でしたので卒論執筆のため研究室に配属されていた僕は、その日も研究室に居り、夜になってそろそろ帰ろうかなと荷物をまとめていました。不意に研究室の扉がノックされ、こんな時間に誰だろうと不思議に思いました。そもそも部屋をノックする文化のない研究室でしたから、その音自体が違和感のあるものでした。一緒にいた同期が「どうぞー」と声をかけると、「sholders君いらっしゃいますか?」と僕を探しているようなのです。僕が扉が開けてみると、そこには件の男性が立っていました。うん、ホラー。あまりのことに動揺し、それでも冷静さを装って廊下へ誘導。開口一番彼が口にしたのは「事故か何かで死んでしまったかと思って心配した」という内容のものでした。

 

更に動揺する僕。なぜ死んだということになるのだろうか。曰く、連絡がとれなくなったから心配して、大学・学部・僕の名前から所属している研究室を見つけて、事故にでもあってないか確かめに来たのだと言うではないか。まず最初に思ったのは、とんでもないことになったぞと。続いて、自分の在室中でよかったと。その場では何とか「忙しくて」というような愚にもつかない言い訳をして帰宅いただきました。研究室には同期の他誰もいませんでしたし、彼は他人を深く詮索するタイプの人間ではありませんでしたので助かりました。

 

この経験は僕にまた新たな示唆を与えました。まず、出会ったばかりの人にべらべらと自分の個人情報を喋るべきではないということ。僕、臆病ではあるんですけど思い切りのよい一面もあって(面倒くさがりとも言う)、情報統制せずに結構いろいろと話していたんですよね。今回は自分の身の上話だったり、あとは本名ね。今思えば危険だわな。続いて、文章がちゃんとしてる人にもヤバい人はいるということ。というか、もしかするとメンヘラ気味の人のほうが文章上手いってのは普通に考えられますよね。やはりどこか内省的なところのある人は繊細な文章を書きます。そして最後に、相手に対して不誠実なことをすべきではない。これはもちろん相手のことを考えてのことでもありますが、同時に自分の身を守るためにもそうすべきだなと。そのような勉強をすることになったわけです。これまで、友達関係などについては上手にコントロール出来ているぞなどと考えておりましたが、ことゲイとの関係性においては初心者も初心者。恋愛偏差値を上げるような努力も機会もございませんでした。

 

shouldersofgiants.hateblo.jp

 

結局、その男性とは気まずさからそのまま会うこともなくなったのですが、その後ふと気になってSNSを見ると、これまた非常に洗練された文体で、しかし少し直接的に失恋について書かれていました。うーん、どうやらやはり、だいぶ本気であったようでした。申し訳ないという気持ちと、でもこんな青臭い大学生に40過ぎの大人が本気にならないでくれ給えよ、という無責任な気持ちがないまぜになり、何とも言えない複雑な心境のままブラウザを閉じました。もし仮に、その男性と再会することがあれば、当時の振る舞いををちゃんと謝罪したいなという思いがあるのですが、そもそもブログにこんなに明け透けな内容を書き散らしている時点で、本質的には何も成長できてないのかもしれませんね。おわり。