僕は確かに成績が悪いよ.でも,勉強よりも素敵で大切なことがいっぱいあると思うんだ――.
時田秀美
山田詠美の小説に出てくる秀美はそう言って女性に死ぬほどモテまくるわけですが,僕には人間的魅力もなければ女にモテる必要もなく,良いところなしなのです.おまけに英語ができません.これは致命的なのです.仕事柄,英語の会議に出席させられることも少なくないのですけれど,如実に発言量が減少してしまいます.外国籍の同僚にはいつも「Shouldersは日本語のときと,お酒の席だとすごく元気なのにね」と言われますが,原因は明らかでして.何を言っているかわからないから,返すべき言葉も見つからないというわけです.
結局のところ,喋るのは度胸でしかないと思っていて,文法の崩壊した英語を発すること自体は,その手の羞恥感情をかなぐり捨てた僕からするとどうってことありません.問題は聞き取りと読み取り.もっと言うならば,その基礎となる語彙力の貧困さにあるわけです.
遡ること25年前,受験を終えて中学に進学した僕は,完全に勉強する意欲をなくしていました.そこに突然降って湧いた英語という新教科.ほとんどの中学生が一度は感じるであろう「日本人なのになんで外人の言語を勉強せなあかんねん」という違和感が,ちょうどやってきた反抗期と相まって増幅し,結果として野球部のくせに "Third" を高校2年生まで綴れない,悲しき怪物を生み出したのでした.
しかし!それ以降も25年間にわたって一向に充実することのなかった僕のボキャブラリーに,突如として無尽蔵に単語を流し込んでくるコンテンツがこの年末になって現れたのです.それが,『Heated Rivalry』シリーズなのです.性欲の前では英単語の難解さなど何の問題にもなりません!It's insane!
きっかけはインスタのリールで流れてきた動画でした.ドラマの切り抜きか何かで,好みの男性2人が見つめあっている甘々なシーン.「むふふ」と思ったあと,普通だったらスクロールして終わりなのだけど,この動画,何パターンかあってその日のうちに何度も視界に入ってきたんですよね.そうすると気になってきて,コメント欄を覗くと案の定「なんてタイトル?」という問いに「Heated Rivalry」とあったわけです.そりゃあ検索するわな?
なんか,尊い.すっごく.どっちの顔も好み.They are adorable!
どうやら北米の配信プラットフォーム中心で,日本からすぐに本編を見る方法はなさそう.アマプラでもリージョン制限があって,VPN刺しても見れる確証はないしなぁ.仕方なくYouTubeでいろいろと動画を探してみると,出るわ出るわ.2人ともイケメンだし,わりと安易に裸で抱き合ってる.これってもしかして,結構エロかったりしちゃいません?
更に検索すると,要するにMM(Male/Male)ロマンスという,いわゆるBL小説が原作だってことが見えてきたわけです.北米で評価の高いMMロマンス小説シリーズを実写化したもので,舞台はプロホッケーリーグ.マッチョでホモソーシャルな世界観.同性愛を公言した選手が一人もいない中で芽生える恋…ええやん!あらすじを読んでる限りキャラの設定がかなりゲイを意識して書かれており,ほとんどファンタジー世界と見まがうような,日本の一部BL文脈とは異なるあり方の本のようでした.女性作家が書いているんだけど,というかMMロマンスはそのほとんどを女性作家が書いているそうなのだけど,こんなふうに地に足がついた作品が人気になるというのは,同性愛に対する日常的な解像度が一般レベルで高いからなのかもしれませんね.好意的に見れば.
てなわけで,このへんの日米の差については別途語りたいところではありますけれど,今日の主題はもっと切実で,もっとしょうもない話です.このドラマ,とにかく第三話のScottとKipのカップリングが,それはもう尋常じゃないレベルで良いのです.尊いとか言うと薄っぺらくなりそうだけど,事実として尊い.吐き気を催すほど良い.良い意味で.
世界共通ですね.家に向かうまでのFull of premonitionてかんじがエモい.
原作小説は全6巻で,作品ごとに主人公カップルが変わりつつ,共通人物や出来事が出てきてユニバースを形成する類のものだそう.実写ドラマの主役に据えられているのは,シリーズ屈指の人気カップルであるIliyaとShane.全体的にシリアス寄りで,描写もところどころ濃厚,全体に重めな物語です.しかし,僕は作品のトレーラーを見て気づいてしまったんですよね.この2人に全然興味がわかない!いや,誤解しないでもらいたいのは,このストーリーが悪いとかではなくて,ただ単純に2人が若い.んで造形がいかにもBL的.マッチョだけどちょっときれい系の顔してるし,髭もない.それはそれで良いんだけど,僕の好みとはちょっとズレてたんですよね.一方,ScottとKipはとにかく実写版キャストの2人のビジュが良い.かわいい.かっこいい.好き.好みすぎる.てなわけで,どうしてもこのMMロマンス成分を補給するために,ついに原作小説に手を出すことにしたのでした.
便利なもので,ペーパーバックを買わずともKindleでスマホから読めます.わからなければスクショを撮ってChatGPTに投げれば翻訳もしてくれるでしょう.英語よりも素敵で大切なことがいっぱいあるし,そのために英語はカンニングでごまかすことができる,そんな時代です.
で,読みだすと,もう,ね.キャラの造形はWell rippedでRidiculously tightなアンダーアーマーを着たChiseled jawlineな男前なわけですよ.明らかにゲイ向けに寄せた設定なのに,それでいてストーリーの根底に流れる2人への優しいまなざしが,どこか女性的というか.いや,女性的という言い方も雑か.要は,他者の欲望や弱さをちゃんと抱擁してくれている.つまり,魂がBL.魂のBL.そして僕はそんな甘い展開が身もだえするほど大好物なのです.
論文を読むときには絶対に出会わない単語たち.Flirting,Mesmerized,Obscene…….どんどん僕の中のボキャブラリーが増えていきます.だって何回も出てくるんだもの.この人たち,しょっちゅう愛を囁きあうもんだから.未だにWednesdayのスペルさえ怪しい僕が,ここにきて"Adorable"を辞書なしで理解できるようになったと考えると驚くべきことです.僕にとってMMロマンスは英語より素敵で大切なことだったんだと思うんだけど,出会うのが25年遅かったですね.今からでも遅くはないのかもしれないけど.
ドラマの筋はこうです.
Shane Hollander and Ilya Rozanov are two professional ice hockey players who compete on rival teams, the Montreal Metros and the Boston Raiders, respectively. Although their on-ice rivalry is amplified by media coverage and public perception, the two develop a private, initially casual sexual relationship that continues intermittently over several years as they pursue their hockey careers.
シェーン・ホランダーとイリヤ・ロザノフは、プロのアイスホッケー選手で、それぞれライバルチームであるモントリオール・メトロズとボストン・レイダーズに所属している。氷上での対立は、メディア報道や世間の受け止め方によっていっそう煽られていくが、二人は人知れず、当初は気軽な関係として始まった性的な関係を築く。やがてそれは、ホッケー選手としてのキャリアを追いながら、何年にもわたって断続的に続いていく。
ただね,先ほども申し上げた通り僕が気に入っているのはサイドストーリーのほうでして.ドラマ第三話(原作では第一巻)でスポットの当たるScott & Kipのストリーはざっとこんなかんじ.
自己肯定感が低いハンサムな男Kipは,理想の職には就けず,マンハッタンのスムージースタンドで働いている.そこにある日,地元NYのプロホッケーチームのキャプテン,Scottがやってきてスムージーを頼み,それ以降ホームゲームの日には毎回通うようになる.The hottest man he had ever seenなScottに夢中になるKipだが,Scottはチームの顔.スターでキャプテン.絵に描いたような男社会の人間で,ゲイだと確信できない.そんななか,ScottがKipを食事に誘い...
要するにこれ,脳内変換すると大谷翔平が松屋の店員をナンパする話なのです.んで,ワールドシリーズで勝ってみんなでマウンド上で喜んでる最中に,観客席から松屋の店員を呼んできて,カメラの前でキスする話.そう考えると,これ以上ないファンタジーなんだけど,まあいいじゃないですか.恋愛ってだいたいファンタジーだし,ドラマはファンタジーをやる場所です.地獄なんて現実で飽きるほど見てますので.
でもね,2人は常に相手を想いあっていて,だからこそ苦しいのです.Scottはホモフォビックなプロスポーツの世界で生きているスター選手で,ファンからは愛され,キャプテンとしてチームを牽引している.そんな彼のキャラクターに商品価値を見出しているスポンサー(しかもそのなかにHugo Bossが入ってるのも大谷と一緒)もいる.要するに失うものが多くて,当然クローゼットでやってきたわけだけど,そのせいで初めて付き合う(ここがまたエモいですよね)ことになったKipとの時間をめいいっぱい楽しむことができないでいるわけです.一方,Kipはオープンに人生を歩んできていて,今は思い通りになっていないかもしれないけど,多くの友達に囲まれ,我が道を行く意志のある人なわけです.だからこそ,閉じ込められることに耐えられない.この2人は,どうしても破局に向かってしまう.切ない.
しかし,しかしですよ.ここからScottが男を見せる.リーグ優勝が決まった後のリンクの上で,Kipを呼んで,チームメイトと観客とメディアの前でキスするの.Kipに!キス!するの!

こんなのね,分かり切った展開なのです.古今東西,こういう展開がないラブロマンスの方が少ない.住む世界が全く違う二人の恋という意味では,どこまでも『Notting Hill』.でも,記者会見での婉曲的なやり取りで英国風の捻りを加えたリチャード・カーティスの脚本に対し,本作では "公の場でのカミングアウト" と "慣習への挑戦" という社会的主張を孕んでいる.だからただのロマンチックでは終わらず,強いカタルシスが共存しているのです.ありきたりなカメラワークのキスシーンに,ここまで心を揺さぶられるとは.ほとんど致死量なのでお気を付けください.
I love you so fucking much. なんて僕も大谷翔平に言われたい人生だったよ
もちろん不満みたいなものはなくもない.たとえば小説のScottはゴリゴリのマッチョなのに,実写の俳優(フランソワ・アルノー)はどちらかというと優男風.もちろん鍛えてはいるけど,スムージー屋の店員のKip(ロビー・GK)の方が二の腕が太かったりする.身長はそこまで高くないんだけどガッチリしてるんだよね.原作のKipのイメージより明らかにゴツイし,髭も濃ければ胸毛もわさわさ.でもね,そんなことはどうでもいい.どっちも可愛いから.顔です.世の中顔と表情と,それからいい声.筋肉はおまけです.大事ではあるけど.ああ,抱きたい.あと抱かれたい.
結局,僕はこんなコンテンツを待っていたわけです.僕の英語学習のためにもね.その点,同じくらい楽しみにしていて,字幕なしの状態で必死に話を追った『Bros』も良かったんだけど,ちゃんと面白かったんだけど,コケるにはコケるだけの理由もあったと思う.どこか気負いすぎていて,ゲイコミュニティあるあるを詰め込んで,メタな視点に立ち過ぎた結果,純粋なラブストーリーとしての推進力が弱まってしまったような.笑えるしエッチで下品で良いシーンもいっぱいあるんだけど,心の底からキャラを愛しきれないというか.
それに比べると『Heated Rivalry』は,フレッシュで色のついてない俳優陣がうまくハマっているし,セックスシーンがちゃんと扇情以外の意図で機能している感じがある.ゲイのセックスを変に薄めず,かといってポルノっぽく下品にもせず,愛情表現の一部として自然に描けているように見えるのです.これがどれだけ稀有なことか.世の中「見せないこと」が上品で,「匂わせること」が芸術だと勘違いしがちだけど,愛と身体は不可分ですから切り離した瞬間に,物語はおとぎ話になってしまう気がするのです.AVソムリエとして言わせていただければ,省略する怠慢というのは確かにあると思うのです.
ここまで書いてみて思うのですが,好きなものを好きだと他人に伝えるのは難しいものですね.熱狂というのは完全に主観ですし,それを冷静に客観的に記述できてしまったならその時点で感情のピークが去ってしまっている気がするから.それでも,どうにかこの熱が伝わって,興味を持ってもらえればと思って書いてみました.
この作品,北米+オーストラリアでしか見れなくて,最近やっとイギリスでの配信が決まった,みたいな段階ですけれど,あの大コケした『Bros』でさえ日本で見られるようになったのだから,希望は捨てないでおきたいですね.もっと届いてくれると良いのだけど.とは言え僕はもう原作を読んじゃったし,肝心の映像の方も,某サービスで何周もしてしまったので,中身は完全に把握いたしました.残るは26日配信の最終話.どうなるんだろう,Scott と Kip のエピソードはまだまだあるし,なんなら原作者が公式に公開しているクリスマスエピソードもあるんだけども,やっぱりクライマックスはIliyaとShaneでやるだろうなぁ.
ロシア人がクラブにいるからってt.A.T.u.を流す安易な制作陣に心動かされるとは不覚です
既に2ndシーズンの製作も決まっていて,内容からしてScott と Kip が多少はフィーチャーされる余地はあるんだけど,どうせならスピンオフシリーズ作ってたっぷり見せてくれてもいいんだからね?クラウドファンディングしてくれれば10万くらいなら出しますよ.本気で.
結局,僕は王道のRomComが好きなんです.ベタでいい.ベタがいい.そして,普段なら男女の恋愛模様だけでも十分にキュンキュンできるというのに,今回の『Heated Rivalry』ではいい男同士のそれだったもんだから,勢いで原作まで買って熟読してしまったというわけです.そう考えるとさ,同性愛者の中高生のことも考えて,ちゃんと英語の教科書でも同性愛の恋愛模様を扱ったテキストを採録してほしいものだよね.きっと英語学習のモチベーション爆上がりだと思います.僕のような英語に苦手意識のあるゲイを減らすためにも,是非.Game Changer by Rachel Reid,名作です.
まあとにかく,大谷翔平でも誰でもいいから,僕を松屋にナンパしに来てください.海外の方もWelcomeですよ?"You are the most adorable man I have ever seen." とでも声をかけていただければ意味が分かりますので.
